夢の王国






「いつも眠る時、もう目覚める事がない様な気がする」

病の床。
王子は傍らの侍女にそう漏らした。

「何をおっしゃいますか、王子様」

だが、そう言う侍女の声は引きつっていた。

明らかな死相が浮ぶ、王子のやせ細った青白い顔。
既に死神の鎌の切っ先が首筋にかかっているのが見える様。

「最近、私は、夢ばかり見るんだ」
王子は目を細め、儚げに笑った。

「どんな夢ですか? 王子様」

侍女が訊くと、

「この国の王になってこの国を治める夢だ──」

夢見る瞳で、静かに王子は語り始めた──
自分がどんな風に国を治めるかを──

一部の王族や貴族が富を独占し、豪奢な暮らしをして日々遊興にふける一方、多くの民衆が重い税に苦しみ、過酷な労働と貧しい生活を強いられる、今の不平等な世の中を正したい。
そうして、貧しさゆえに飢える者も、病気になっても治療すら受けられず死んで行く者もいない、誰もが人間らしく笑いあって幸福に暮らせる国を築きたい。

「光の溢れる王国にこの国をしたいんだ──」
そこまでしゃべって、王子は咳込んだ。

「これを──」
あわてて侍女は水注しを差し出し、その口元の血をハンカチでぬぐい取った。
既に病は肺にまで及び、王子は喀血していた。

「すまない、お前にはいつも、世話をかける…」

水を飲み下し、震える呼吸と共に王子がやっと言葉を吐き出す。
その感謝の言葉に侍女は恥じて、顔をそっと伏せた。
「滅相もございません、王子様」

実際、彼女には彼に恥じる理由があった。

「また、これを王子の食事に」
それは密かに王妃の手から、週に一度、侍女の手に渡された。
毒の入った小瓶── 少量ずつ飲ませる事により、相手に緩慢な死を与えてゆく。

──そう病の様な──

後妻である王妃は自分の息子を王にする為、先妻の息子で世継ぎの王子の存在が邪魔だった。
その手先となって王子に毒を盛る侍女は、それがどんな恐ろしい行為であるか分っていてもお金が欲しかった。
父親が疫病で死に、母親も同じ病で倒れている今、城の少ない給金ではとても治療費や食費はまかなえなかった。

(無力で、甘い事を言う、可愛そうな王子様)
侍女は痛みを持った目で、衰弱して眠る、自分の手により死んでゆく王子の姿を見つめた。
(貴方にはこの腐敗した国を変える事など出来ないのです──貴方はこの国の王になる事も無く、そうして叶い様もない夢を抱いて、死んでゆくのです──)

ロクな治療受けられず、犬みたいに死んでいった父親。
ボロを着ていつも腹を空かせている弟妹。
もう泥水の底を這い回る様な生活は嫌だった。
そこから抜け出す手段は一つだけ──王子を殺す事。
王子が死ねば今と比べ物にならない沢山の金貨が褒美として侍女の懐に入る予定だった。
だから、毒を盛りながら、恐れつつも侍女は夢見た──王子が二度と目覚めない日が来る事を──

やがて、国に葬送の鐘が鳴った。

王子は金で縁取られた棺の中。
侍女は王妃の使いにより、金貨の代わりに、冷たい鋼の刃を胸に受けた。

死の瞬間、侍女の脳裏に自分がいなくなった後、飢えるであろう家族の顔が浮んだ。
それから、強烈な後悔と共に、自分が殺してしまった王子の顔が──。

( あぁ、王子様──私も住みたかったのです)

侍女は心臓から流れ出る血を手で押さえ、床に倒れ込みながら思った。

(光、溢れるというその国に、私も住みたかったのです──)

棺いっぱいに敷かれた花の中二度と目覚める事のない王子はもう夢は見ていなかった。
苦しみも無かった。

侍女もそれは同じだった。
苦しみも悲しみも夢も既に彼らの物では無かったのだから──それは全て生きている者の物だった。

やがて侍女の家族は飢えて死に、王妃は成長した息子に暗殺された。






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