「今は眠っているのね。青白い顔をして、気配を消している」
あどけない声が、空気を震わす。
真っ暗で狭い部屋。
部屋には高いところに小さな窓が一つ。
あとは硬い寝台と冷たい壁以外何もない。
ゆえに
、一日で、彼女が目にする外の景色は、上の窓から見える何もない空か、たまに巡ってくる月だけ。
「それか、貴方は夜のあの明るい月とは別人なのかしら?」
この王国には花の様に美しい姫君がいた。
姫君は時を同じくして二人生まれたが、双子は不吉と言うこの国の古えからの言い伝えにより、一人は生まれてすぐ、高い塔の上に隠された。
それでも小さい頃は貧しい奴隷女が、乳母役として姫の側にいた。
だが姫が成長すると、乳母は不要になり、秘密を守る為、生きたまま土に埋められた。
今や孤独な姫のたった一人の友達はこの月だけだった。
「もしそうなら私は二人友達がいる事になるわね」
話かけては月からの返事を聞こうと、姫は耳を済ましてみせた。
月は何も言わなかった。
今は冷たい土の下。
南国から連れられて来た奴隷で黒い肌をしていた乳母は、幼い姫に、幾つもの物語を聞かせてくれた。
生まれた美しい国の話、その国の伝承の話。
姫は乳母の話を聞くのが大好きだった。
でもその乳母はもういない。
いるのは月という友達だけ。
だから姫は月にねだった。
「ねぇ、貴方が空を巡り、見てきた事の話を、私に聞かせて」
月はやはり何も言わなかった。
それでも姫の心の中では月の声が響いていた。
「あぁ、今日も、聞かせてあげよう」
この国の民は自由を知らない。
知識の変わりに、鞭を、身をすり減らして眠る間も惜しみ労働をし、自らの血を絞る様に税を納める。
責め苦の様な毎日、死よりも苦い生。
全ては貴族や王族の豪奢な暮らしの為。
高い塔の上、狭い部屋の中。
それでも姫はどの国民よりも自由だった。
姫の心の中には想像力の翼があった。
そう、心だけは自由。
姫はこの高い塔から世界のどこへでも飛んでゆけた。
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