大地を埋め尽くすほど累々たる屍の山。
その死肉群れ集うカラスが飛び交う、暗澹たる鉛色の空。
彼女は見ていた映像は終末の光景そのもの。
「何を、どこを見ている?」
虚ろな遠くを見つめる瞳の寵妃の横顔を、共に寝台に横たわる王が見つめる。
今しがた、熱い口ずけを落とし抱いたばかりの体なのに、その肌はまるで蝋の様に冷やりと青白いままだ。
妃は見ている物と別の答えを王に返した。
「小さい頃、丘にある花畑で花を摘みました。それで冠を作って、頭に乗せ、私は王族にでもなった気分でした」
「今は本当に王族ではないか? 妃よ」
王妃は王のその言葉が聞こえなかった様にさらに続ける。
「丘からは村が見下ろせました。ちっぽけな谷間にはりつく様な村でした。私は祖母や母や多くの村の娘と同じ様に、機を織り、籠を編んで、羊の乳を搾り、そうやって暮らして、一生村から出る事もなく、暮らしてゆく予定でした」
だが、今は、彼女は、豊かな王都の大きな城に住む、滑らかな白い手と、上質の絹に身を包む、王の妃であった。
「戻りたいのか?」
王は訊いた。
「戻れませぬ」
「幸せではないのか?」
「私は夢ばかり見る子供でした。寝ていても起きていても。私の見た夢はことごとく現実になり。ゆえに神殿に呼ばれ、巫女となり、王に見初められる幸運を得て、丘で夢見た通り、王族になりました。なんと、幸運な娘であろうかと、皆、私の事を見て言います。
実際私は幸福なのです。王様。
愛する男の側にいられて、不幸な女など、この世におりませぬ。
私は豪華な暮らしゆえではなく、貴方ゆえに幸福なのです」
つかの間の夢。
「では幸福なのだな。良かった」
王が愛しみを込めて、妃の黄金の髪を指で梳く。
豊かな都の人々は、今夜も宴に、愛を交し合うのに忙しい。
彼らは夢にも思わないだろう。
隣りにいる雄々しい王も。
やがて何もかもをも飲み込む破壊の波が潮となって、この国を襲う事を。
花は散らされ、建物は灰となり、人々は土に返って、その土には塩が巻かれる。
次の春の花が咲くのをもう誰も見る事はない。
妃だけがそれを知っていた。
「お前と居る時だけ、私は安らげる。ずっと私の側に居てくれ」
愛しい男の声を聞きながら、もう、妃の瞳は遠くを見ていなかった──すぐ近くにいる、この世界よりも何よりも愛しい男の姿だけを映していた。
「えぇ、死ぬまでずっと──」
時の波間に泡沫の様に浮かぶ、人生という夢が終わるまで──
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